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生まれる前に出会った小さな女の子が僕の初恋の相手だ。後から聞いた話では二卵性双生児の妹で、僕のように大きくはなれなかったらしい。言葉を持たない僕らはただ笑い合っていた。生まれる頃には既に彼女の鼓動は聞こえなくなっていて、外に出た途端僕は悲しみのあまり泣き叫んだ。
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交通費節約のため職場に一時間半かけて自転車で通うおばちゃんがいる。治安の悪い地域も通るので「物騒じゃないですか」と聞くと「何度か危ない目遭うたけど、そこはこうやって、こう! で助かったわ」何故かおばちゃんは拳銃を撃つジェスチャーをし、僕もそれで納得してしまった。
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朝から軒先で父が寝転んでいた。震える手でちびちびとワンカップを口に運んでいる。「父さん、そんな所で寝たら死んじゃうよ」と呼びかけると「うるせえ、お前なんか産んだ覚えはねえ!」と怒鳴られた。「産んだのは私だよ!」と屋根の上で酔っ払っていたらしい母の声が降ってきた。
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各国に傭兵部隊として重宝されているネパール軍人には、彼ら独特の規律がある。若年兵訓練時に上官の言うことをあまり聞かなかったり、格闘訓練中に相手を殺してしまった場合、罰として耳たぶ下部を切り取られる。しかし部隊長に出世するのはほとんどそんな耳たぶ切られ組だという。
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隣家のお婆さんと立ち話をする。「洗濯機買ってまだ三年なのに壊れちゃって」「家のは二十年持ちましたわ。でも壊れる時は呆気ないもんでしたわ」翌日、隣家でお通夜があった。嫁いできて二十年になるお嫁さんが亡くなったという。お婆さんが「洗濯板、探さな」と呟くのが聞こえた。
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「回し蹴り行くよ」彼女の蹴りを思わず腕で防いでしまう。しかし続けて放たれたローキック一発であえなく僕は崩れ落ちた。浮気をしたのは彼女の方なのに、浮気させる甲斐性なしとして僕が責められている。マウントポジションを取った彼女が平手で僕を打つ。そろそろ寝技の時間だ。
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刑場前の広場に集まる人混みにいつも酔う。周りの大人達は興奮し、罪人に悪態を浴びせ、拳を突き上げる。子供の僕には執行人もギロチン台も見えやしない。ダン、ゴロン、という音の後、群衆は一瞬静まり、次いで悲鳴や喝采の声があがる。先程までと違い、やや演技臭い大仰な声が。
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道で倒れていた女の人を助けて近くの病院まで運んだ。翌日一匹の猫が我が家を訪ねて来て「昨晩助けていただいた女です」と自己紹介をする。「恩を返します」「何が出来ます」「猫ですから、可愛い仕草とか」以来猫は家に住み着いて一日中寝ている。可愛い仕草で食事を要求してくる。