2009年09月25日

エッセイ鋳型


「もしもし吉田様のお宅でしょうか?」という間違い電話に対して思わず「はいそうですが」と返事をしそうになった、ラジオネーム点数計算の出来ない吉田ですこんばんは。
基本的にハンドルネームは普通の名前っぽいのにすることが多いのですが、現実に影響が出始めると危ないですね。

小説を書かなきゃなと思いつつうまく書けない日々が続いたので、気分を変えて軽いエッセイ「人亀の産卵」を、「泥辺五郎短編集」の方にアップしました。

近頃は「一日に九つのアイデアを出す」ということをやっています。
以前「一日十個短編のアイデアを出す」という企画を一人でやっていたのですが、長続きしませんでした。今回は小説に限らないことにしました。漫画や映画やCMや音楽のPVといった、自分が作る機会なんて一生なさそうなものでも、そういう形で想像することで、枠に縛られないアイデアが出やすくなります。結局形として結実させるのは小説で、ということになるのでしょうが。

キリがいいというなら一日十個なのですが、九つの場合、三つ三つで区切りやすいのがいいです。一つのアイデアをメモするのに大きく時間は割きません。「今朝見た印象的な夢」「昨日ちらっと思いついたこと」「ぱっと浮かんだ題名から何かしらの話を」でまず三つ。時間を置くなり別のことをするなりした後「映画のワンシーン」「音楽のPV」「今日見た印象的なこと」寝る前に「自分が○○になったことを想像して」「アイデアノートの活用方メモ」「×××と▽▽▽で■■■」といった風にさらさらと書いていきます。一行で終わることもあれば、既に草稿がほぼ出来ているような場合もあります。
それで翌日読み直してみて、さらに発展出来そうなアイデアがあればまたその日の分として新しく一つ加えたり、「結局数出しても使えるネタなんて一日一個あるかないかだな」と実感したりします。

そうしているうちに「これはきちんと作品の形にしたいな」と思えるのが一つ二つ出てくるので、執筆にかかります。そちらに集中したい時は別にアイデア出しをサボってもいいですが、やはり毎日続けた方がよさそうです。

という風に理想的にずっとやれたらいいんだけど。
ちなみに「人亀の産卵」は、このアイデアメモを始めた初日の一番目に書いたのを元にしています。



posted by 泥辺五郎 at 00:04| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
どこに書けばいいのか分からないのでとりあえずここに書かせていただきます。新都社に連載されている氏の『食いタンのみのタモツ』『小説を書きたかった猿』『泥辺五郎短編集』を読みました。受けた印象は、新都社の中でほとんど唯一(全部の作品を読んだわけではもちろんないけど)「まともな小説」を書いているなということだった。わたしは web小説なんて九割九分が読むに堪えない、小説のまがい物以前の代物だと思っていて実際そうなのだけど、『猿』『短編集』は構成・演出・文章力・「深さ」、といった小説としての「質の高さ」の面で新都社の中では頭一つ飛びぬけている。
Posted by at 2009年10月12日 15:19
きっとこの作者は、小説(を書くこと)に対して自分なりの定義を持っているのだろう(ブログの記事で高橋源一郎について言及されていたが、彼のように小説の「コード」に自覚的な文章だと感じる)。特に『短編集』を読むと、読書経験も豊かで「わかってる」という感じがする。
Posted by 続き at 2009年10月12日 15:25
同じく新都社で連載されていた『黒沢』や『コ・リズム』と比べると、「上手なアマとプロの違い」という言葉を思い出す。『コ・リズム』が「上手なアマ」で『猿』が「プロ」。

にもかかわらず、『コ・リズム』『オナマス』と『猿』のどちらが面白いかと言うと、前者なのである。その理由ははっきりしている。前者にあって後者に欠けているのはエンタメ性だ。これらの作品は読者を置いてけぼりにした小説だと言いたいわけではない(むしろ『短編集』などからは痛いほどの「読者」に対する意識を感じる)。確かにある種のエンタメ性はある。村上春樹に例えるなら(作者が村上春樹なみだと言っているわけではない)『猿』は『風の歌を聴け』である。村上春樹が大きく「世間」に「評価」されたのは『ノルウェイの森』を書いてからだ。『ノルウェイの森』と『風の歌を聴け』の「エンタメ性」の違いは、『コ・リズム』と『猿』のそれと同じである(そして『タモツ』は村上春樹でいえば『図書館奇譚』である。これも『ノルウェイの森』とは違う)。村上春樹がもし『風の歌を聴け』みたいな小説だけを書き続けていたら、はたして彼はノーベル文学賞にノミネートされるほどの小説家となっていただろうか(売り上げ・人気という面だけでなく、小説家としての実力という面でも)。結局何が言いたいかと言うと、わたしは氏に『ノルウェイの森』(あるいは『コ・リズム』)のような小説を書いてほしいということだ。テーマはある、モチーフは斬新、文章も上手い、短編として纏まってすらいる、でもそれ以上のものはない、そんな「書くために書く」ような『短編集』ではない「何か」をわたしは読みたいし、氏に書いてほしいと思っている。 (コメントが分かれているのは、NGワードに引っ掛かってるのがコメントの量の問題だと勘違いして分割してたせいで、他意はありません。恥ずかしい><)
Posted by 続き at 2009年10月12日 15:54
上でいい事書いてあったから便乗
私は短編集から入ってタモツ、猿と行きましたが泥辺先生は雰囲気作りが上手いなぁと思う訳ですよ。
内側に隠れた狂気っぽいものに何時も”うぉ!!”ってなってます。
(”雇われ人魚が下手な歌うたって客引きしているゲロだらけの街角”とかセンスがすごいと思う)
つまりは、短編集の更新お待ちしてます!
Posted by 冬波 at 2009年10月18日 22:22
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。