11/12 230
目の濁った大型雑種犬だった。通学路にある家で飼い殺しにされていた。路上に面した犬小屋で糞の臭いのする巨体を道行く人に晒していた。子供の僕は正義感に駆られて夜中その家に忍び込み、犬の首輪を外し、玄関も開け放った。しかし彼には立ち上がる体力はもう残っていなかった。
11/13 231
五年前僕らが爆破したビルの跡地で、前よりも高いビルの建設工事が始まった。僕らの犯行は完璧過ぎて、一人の逮捕者を出すこともなかった。あんなに壊したのに、あんなに殺したのに、僕らのことを糾弾する人はいない。「どうしたの?」何も知らない恋人が不思議そうに僕を見つめる。
11/14 232
テレビニュースが僕のことをテロリスト呼び始めた。万引き犯、暴力主義者、何考えているか分からない人、爆弾魔、人殺し。他人は僕に様々な蔑称をくれる。やりたいことをやってきただけなのに。僕の顔を見た通りすがりの男児が泣き出してしまう。はじめまして。さようなら。
11/15 233
密かな僕の裏切りにより仲間の一人が殺されたというのに、相変らず他の連中は僕を信用して次の犯行計画を求めてくる。今度の仕事はでかいが危ないぞ、と僕は念を押す。また誰かが失われるかも、と。けれど彼らはむしろ望むところだというように頷く。死にたいんだなこいつら、僕ら。
11/16 234
常に包丁を振り回す職場にいるが、仕事中揉め事が起きても刃傷沙汰になったことはない。警官が交番の中で上司に発砲しないのと似ているかも。うちをクビになった人が会社に殴り込んできた時も、振りかざしていたのは日本刀だったし、彼を袋叩きにした皆も包丁の存在は忘れていたし。
11/17 235
僕らは四人だったけど今は三人だ。僕らは小さな武器で、言葉で、世界に反抗した。革命なんて大層なものじゃなく、誰かに僕らの存在を知らしめたいと思っていただけだ。僕らの言葉は大きくならず、むしろ発表するごとに縮まっていって。絶望した一人ほど僕らは現実を認められなくて。
11/18 236
赤鬼は泣いていた。もう人を殺したくないと嘆いていた。人を殺せる度胸のある人間が減った今でも、死ぬべき人間は幾らでもいた。人に似て人でない鬼達に、人の悪行が押しつけられた。殺した奴に夢で会うから眠りたくない、と赤鬼は言った。構わず僕は次の殺害対象の写真を手渡した。