2010年07月31日

ツイッターノベル7/21〜7/27

mame.JPG
百編達成記念に作った、作りの荒い豆本。紙が綺麗に揃ってなかったり、予定した順番と全然違う並びになってたり。
自己評価で一定水準以上のものはどっかに転載していく流れにしようか。ブクログのパブーとか。よく知らないけど。

7/21 113
 台所にザムザが湧いた。鈍重なその体を新聞紙で包んで外に捨てに行く。路上は既に捨てられたザムザ達で溢れている。キーキーと鳴くザムザは微量の毒を持つだけの、弱くて脆い生き物だ。逃がしたところで暑さにやられて長くは保たない。彼らは死ぬために生まれたかのように夏に蠢く。

114
「話して」と少年は言った。「もっと」と少女は言った。少年は一週間後敗血症で亡くなり、その死に泣き疲れた少女は眠っているうちに動かなくなっていた。洞窟に閉じ込められた三人の内、一番元気な僕は、あり合わせのハッピーエンドの物語を語り続けた。誰も死なない脳天気な話を。

7/22 115
 ペットボトルの水は生ぬるくなっている。おにぎりは糸を引いている。暑い暑いと口走る男を別の男が殴っている。寒い寒いと叫ぶ男は気が違っている。四十五度の気温の中で理性が溶けていく。涙と汗の区別がつかない。腹を壊した。人が壊れた。明日はさらに五度上がるそうだ。寒い。

7/23 116
 何かに夢中になっている時は、暑さ寒さなんて忘れてしまいます。私は小説執筆に集中して、酷暑を乗り切りました。とはいっても体は蝕まれ、病院に三回運ばれましたが、新人賞を受賞することが出来たので結果オーライです。願わくばこの授賞式が、幻覚ではないことを祈ります。

7/24 117
 若ハゲが深刻だ。風切羽が一枚抜け落ち、うまく空を飛べなくなった。同年代で既にほとんどの羽根が抜け落ちている者もいる。若くして空を飛べなくなった彼らは、全員結婚出来ていない。しかし今さら焦ったところで手遅れなのだ。地道に地に足付けて生きていくしかないのだ。

7/25 118
 あまり腹が減っていないと思っていたのに、何かを口に入れた途端、猛烈な空腹感に襲われる、ということがある。一口だけ飲むつもりだったペットボトルの飲み物を、一息に飲みきってしまうことも。だから僕は誰とも話さず、触れ合わない。人恋しさに狂うこともない。何も起こらない。

7/26 119
 十年振りに再会した幼馴染みの女が体を売っていたので、買った。始めは遠慮がちに左足の小指を。彼女は鉈で小指を切り落とすと、血が付いたままのそれを僕の口に押し込んだ。「もっと丁寧に売るもんだと思った」「どこもこんなもんよ」本当に買いたかった唇にはお金が足りなかった。

7/27 120
 ぶらぶらしてちぎれかけていた右耳がとうとう落ちた。既に新しい耳が芽生えているがまだまだ小さい。大きい音は聞き取れず、微かな物音だけを拾う。蟻の足音、鼠の鼓動。どこかで誰かが声にならない声で「死にたい」と呟いている。とても近くで。とても遠くで。いたるところで。


posted by 泥辺五郎 at 11:25| Comment(2) | TrackBack(0) | ツイッターノベル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月21日

ツイッターノベル7/14〜7/20

100編達成を機にいろいろ思うところあったので作風をいじったり、ということはあんまりなかったような、あったような。

7/14 106
「美人革命」とはよくいったもので、革命家集団のリーダーには美しい女性が多い。彼女にならば命を賭けてもよい、という男たちが集まって来るのだろう。だから、あまり美しいとはいえない君には革命の闘士なんて向いてない。新国家建設は諦めて、僕と一緒に家族を作ってくれないか。

※毎月二十日はツイノベの日らしく、お題が出されます。七月は「革命」。つい参加しちゃうけど、ずらりと革命ネタが並ぶので、どうしても小粒気味になっちゃうというか、ネタ被ってそうというか。

7/15 107
 父が競馬にハマって借金を作り首を吊ったので、うちでは「首吊り禁止」が家訓となっている。だからパチンコで家庭を壊した母はビルから飛び降りたし競輪で大負けした兄は海に沈んだ。野球賭博に関連して拳銃自殺した弟の葬儀に集まってくれた方々を相手に、僕は花札賭博を開帳する。

7/16 108
玄関先に落ちていた百円ライターに蟻が群がっている。中に砂糖水が詰められているそれを捨てたのは気分屋で昨晩から行方の分からない妹で、書き置きには「眠れるところへ行ってきます」とあった。不眠症の彼女は夜になると奇行を繰り返した。蟻が増えている。今日の朝は長すぎる。

※この辺りから、ツイノベを朝に書くことが多くなる。そうするとツイノベ以外の創作について一日中考えられるので有意義、となる気がしているけどまだそうでもないかも。

7/17 109
散弾銃を枕にして眠ると頭が痛い。枕にする必要はなかったと気付くが、肌身から離すことはためらわれ、太股に挟む。寝返りの際に暴発するのではとこれはこれで眠れない。やっと夢の中に入れても、顔面に散弾を浴びせられた人がこちらに迫ってきて寝苦しい。浴びせたのは僕だけれど。

※花沢健吾「アイアムアヒーロー」(ビッグコミックスピリッツ連載中)が凄い。

7/18 110
朝食をもりもり食べると、憂鬱な気分になることなく昼まで活発に仕事が出来る。昼食もたっぷり摂れば、残業があっても耐えられる。夕食は睡眠中に体力回復を万全に出来るように当然多めに食べる。どう計算しても太るはずなのにむしろ痩せていく。昨日も残業五時間、素晴らしき日々。

7/19 111
ピエルとパオロとパゾリーニの変態三人組が朝から家にやってきて、冷蔵庫の中にあったチーズ類を残らず食ってしまった。僕の集めた下着コレクションも没収された。各々がこっそり僕所有のDVDを盗んでいる。結局彼らは終始無言で、哀れみの目だけ残して窓を突き破って出て行った。

ピエル・パオロ・パゾリーニ

7/20 112
田舎の夜は暗い。街灯も人家の明かりもなく、月も星も雲で隠れた夜道を歩いた。昨晩降った雨で地面が随分と濡れている、と思いながら。雲が途切れ、月明かりが地面を照らし、これまで歩いてきた道が一筋の川だと気付いた。たちまち水に沈みながら、このために来た、とも感じていた。

posted by 泥辺五郎 at 12:48| Comment(0) | TrackBack(0) | ツイッターノベル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月14日

ツイッターノベル自選8編(100編突破記念)


 これまで書いてきたツイッターノベルが100編を越えました。ここまでおよそ三ヶ月。これを機に100編を何度か読み返し、自己評価をつけてみました。

S(大傑作)0編
A(かなり好き) 8編
B+(いいね) 20編
B(まあまあ)41編
B-(ちょっと物足りない)9編
C(読めた) 13編
C-(読むのちょっとしんどかった)7編
D(没にすべきだった)2編

 読み返しているうちに気づいたのは、自分の思想や経験を作品内に反映させすぎると、大抵悪い効果しか出ていないということ。この短さの中では、警句的な、説教的な部分が際立って、非常に鬱陶しく感じてしまう。それは作者の目で見るからそうなのであって、読者には意識されないことかもしれないけれど。

「現実」「虚構」「物語」「自分」というジャンル分けもしてみたけれど、これらの境目は曖昧。ただ、全体的に「物語」作りを指向していこうとは思う。

 8編は中途半端なのでB+評価の中から二編追加しようかとも思ったけれど、AとB+の間にははっきりとした差があって出来なかった。A評価の作品を思いついた時のことを思い出すと、「いいネタ浮かんだ!」という喜びではなく、「なんだこれは?」という驚きの方が大きかったように思う。
 そんなわけで、自選8編。


4/13 007
 工場跡地に捨てられていた赤子の泣き声が、二日続いた雨の後止んだ。けれど街には相変わらず大人達の泣き声が響いている。娼婦になりたいと呟く爺さんの上着についた血はまだ真新しくて、後ろを歩く黒犬の口は赤く濡れている。眠てえな、と誰かが呟き、死にてえな、と誰かが引き継ぐ。

4/17 013
 生まれつき左手薬指が欠損していたので、結婚出来ない運命だろうね、と散々言われて育ったが、三度結婚している。前の二人は、僕が君の薬指になるとか阿呆なことを言う輩で、そんな男を選ぶ私の目も悪いのだからうまくいかなくて当たり前だった。ちなみに今の夫の手には小指がない。

4/19 015
 メロスは激怒した。「パン買ってきて」とセリヌンティウスが言い出したのだ。「サークルKで六十円の菓子パンが二個で百円だから四つ買ってきて。一個あげる」と二百円を出したのだ。メロスは怒りを忘れて走り出した。自分の分はシュークリームにした。二人で仲良く食べ終えた。

4/28 024
 砂糖と塩を間違えるような気楽さで彼女は風邪薬と青酸カリを飲み間違えた。ついうっかり、と笑いながら彼女は布団に潜り込んで動かなくなった。翌日、風邪が治って元気になった彼女は「海で死のうよう」と私を誘ったが彼女に風邪を移されていた私は風邪薬を飲んで寝ることにした。

5/1 027
 木星のガスの中で眠っていた一頭の葦毛の馬が/風邪を引いて鼻をすすっている/という光景をキャンバスに描きながら/仲間達を全て見送ってきた老画家は/呆け始めた頭に刻まれた古い童謡を繰り返し歌っている/馬の瞳を描き入れたところで/空に浮かぶ木星のガスが一瞬かき消えた

5/5 031
 山寺の山頂に咲き誇る山桜の下で山姥と酒を酌み交わしてきた。彼女は五代目将軍の母で、寺を興した偉い人らしいが、執着心の余り死後山姥となり、坊主どもを時折抱きに来るという。若けりゃいいってもんじゃない、と彼女は言い、今朝掘ったばかりの筍を皮も剥かず丸呑みにした。

6/1 061
 弟が海で泳いでいる間に弟ではなくなっていた。背は縮み、瞼は一重から二重になり、歯は全て永久歯に生え替わっていた。親は、この年頃の子供が急に変わることは珍しくないといって気にしていない。海に弟を捜しに行くとすぐに見つかったが、いつまでも沖で泳いでいて帰ってこない。

7/7 099
 病んだ父の乗った古い車両が切り離されるのを見送り、私らは前の車両へと住み処を移す。電車で産まれ、電車で育った。窓の外に映る景色を指し「何で私らは降りられへんの?」と母に訊く。固く閉められていた窓を、母は少し開けた。景色は偽りだった。外には何もなかった。全く何も。

 
 四月を除けば月の前半の方が調子良く書けてるみたいだけど、この程度の数では参考にはならない。
 次は二百編越えた時に同じようなことをするのか、そこまでは書いていないのかは分かりませんが、いい加減その他色々なことを書き進めていきますね。

posted by 泥辺五郎 at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | ツイッターノベル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。