2010年06月25日

ツイッターノベル6/16〜6/22

私的ツイッターノベル発想法まとめ
パターン1
「今日のツイノベはどんなのにしよう」とあらかじめ考える。割合低し。
パターン2
その日あった出来事や見聞したことを参考にして小説にする。割合そこそこ。
パターン3
ツイノベでなくただの呟きとして書こうとしたものを、「いっそ小説にしよう」と思いつく。割合たまに。
パターン4
「今日は特にネタがない。しかしとりあえず書こう」「駄目だな、つまらない(ありきたりだな、ワンパターンだな、適当過ぎるな、嫌いなタイプだな、などなど)」「しかし一部は使えるところもある、そこは生かして別の話に」「まだちょっと駄目だな、でも設定を変えれば」「ん、全然関係ない話思いついた、これで行こう」
頭の準備体操になるので、没になるネタであっても考えて損ということはない。このパターンで半分くらいあるんじゃないかな。


6/16 077
 飢えた子供に食糧を送るNGO団体の代表をしていた友人がいる。だがいくら食べ物を与えても飢えた子供の数は一向に減らなかった。子供達を苦しめる元凶は国を荒廃させた政治にある、と結論づけた彼は、今では子供達に武器弾薬を与え、政府転覆を図るテロ組織の幹部に収まっている。

6/17 078
 停電で信号機の灯りが消えることが日常茶飯事になってから、車の運転は命がけだ。ゆっくり走るよりも、警笛を鳴らして暴走した方が目立つので安全だという。歩行者は道路を恐れて老朽化した歩道橋に昇るが、時々崩れる。近頃生まれる赤ん坊には、生まれつき羽根が生えているそうだ。

6/18 079
 賭博に関与していた力士は頭を丸めて反省の意を示すことになった。全力士が坊主頭になったために、髷を結わねばならないという決まりは撤廃された。逆境の今こそ伝統の軛から解き放たれる好機、と見た力士達は廻しを外し、全裸で土俵にあがった。新たなる黄金時代の幕開けであった。

※時事ネタはあっという間に古びるだろうなあ……。

6/19 080
 木も岩も土も採り尽くされ、今では更地となっているかつての山の跡地に、「落石注意」という看板だけが残された。周りには何もないのに時折空から石がぱらぱらと落ちて来ては人を驚かせるという。鹿や猪、時には熊の足跡が残っていることもあるが、その姿を見た人は誰もいない。

6/20 081
 トカゲが窓に貼り付いていた。あまり動かない。喉の動きで生きていることが知れる。「取って」と妻が言う。窓を少し開き手を伸ばすと容易く捕まえられたが、ぬるりと滑り、部屋の床に落ちた。妻は舌を伸ばしてトカゲを捕らえ、そのまま丸呑みにした。「洗いなよ」と僕は少し怒った。

6/21 082
 六歳になる息子は自転車もまだ乗れないのに、ファンネルを飛ばせるようになった。「よその子より早いみたい」と妻は無邪気に喜ぶが、あれは戦争の道具なのだ。よその家の子供を殺す兵器なのだ。「ジオン再興のために僕頑張るよ」と笑う息子に、私は今日も精神強化のための薬を打つ。

6/22 083
 仕事帰りに居読屋で読む小説は格別な読み応えがある。一字一句が体と心に深く染み入るようだ。読後のデザートには最新流行の新書を頼む。小説の時のよう感動はないが新奇な情報に浸れて刺激になる。帰りには息子への土産に小ぶりの絵本を買う。これで計二千五百円だから安いものだ。


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2010年06月17日

ツイッターノベル6/9〜6/15

そろそろ日付じゃなく作品番号で分けた方がいいんだろうな。それだとキリがいいとこで10作品ごと、だと記事が長くなって読みにくい気がする。5作じゃ少ない。7作くらいがちょうどいいとは思うのだけれど。
いくつか題名をつけてみた。文字数制限があるため書いた時にはつけてない。


6/9 069 『孤児イエス』
 ちょっとした手違いでイエスは孤児として生まれた。養父ヨセフは憤死し、母マリアはイエスの出産と同時に宗教画の中に逃げ込んだ。三賢人は祝福を与えてもイエスを養いはしなかった。キリストの名を冠されず生きた彼はその後あらゆる悪行を重ね、彼の罪業は数千年間語り継がれた。

6/10 070 『しゃっくりさん』
 中学時代「しゃっくりさん」という遊びが流行った。しゃっくりを始めた人に「しゃっくりさんしゃっくりさん、この子をあなたに捧げます」と呼びかけると、その子にしゃっくりさんが取り憑いて、一生しゃっくりが止まらなくなるという遊びだ。被害者五十七名の内まだ三人存命である。

 071
 裏山で密漁したゴリラの剥製を売っていたのだがゴリラが絶滅してしまった。仕方なく街の人間を狩って根気良く毛を植え付け、ゴリラに似せて売ることにした。「この剥製、息子に似てるわ。ゴリラなのに不思議ね」と涙を流しながら買っていく御婦人もいた。客は少しずつ減っていった。

6/11 072 『夫の分裂』
 夫が四人に分裂した。ところで、私小説嫌いの友人が言うには、私の書く小説は荒唐無稽なものが多いので好きだという。褒めてくれているのだから、大体実体験なんだけど、とは言い出せないでいる。四人になっても夫は無口なままなので静かでいいが、部屋の中が蒸し暑くてかなわない。 

6/12 073 『告白』
 悪い子供でした。好き嫌いが激しく、人参をよく残しました。両親の言いつけを守らず、一日一時間以上テレビゲームで遊んでいました。月に一回は習い事をサボりました。自作の小型核爆弾で都庁を爆破しました。告白すると、学校の小テストで一度だけカンニングをしたことがあります。

6/13 074 
 官能小説を書くよ。書き続けるよ。口べたで、引っ込み思案で、誰かと親しくなるのが苦手な僕だから、君ともうまく繋がれなかった。だから誰かと誰かが繋がる話を書くよ。絡み合わせるよ。結びつけるよ。主人公はきっと僕に似ていないから、読んでも気付いてはくれないだろうけれど。

6/14 075
 祖父の形見の宇宙儀が壊れた。人類が手の届く宇宙はまだ太陽系までしかなかった頃の代物で、骨董価値すらある。祖父同様に今はこの世にない太陽系について僕が想いを馳せる時、頭に浮かぶのは地球や太陽ではなくてきっとこの壊れた宇宙儀なのだろう。古き小さな宇宙よ、さようなら。

※毎月14日はツイノベの日らしく、この日のお題は「宇宙」だった。

6/15 076
 鼻の穴の間にある隔壁を切り、鼻骨も削る。一つの大きな穴となった鼻に男性器を挿入する「ノーズファック」が昨年来米国のハードコア層で流行ったが、日常生活に支障が出る上、死亡事故が頻発したために廃れた。今では全身を性器にする「毛穴拡張手術」が隆盛を極めているそうだ。


posted by 泥辺五郎 at 12:54| Comment(0) | TrackBack(0) | ツイッターノベル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月11日

ツイッターノベル6/2〜6/8


あまり書くネタに困っていない。読んでいる本からの影響などを、感想の形でなくツイッターノベルの形にしている部分もある。その日見た景色などをそのまま取り入れることもある。ところでその他のいろいろな原稿は全然進んでなくてまずい。

6/2 062
 チョウノミと呼ばれる筒状の深海生物がいる。プランクトンなどを取り込むと吸収し、排泄する。脳や心臓の類はない。動物の死骸から流れ出た腸が何らかの理由で機能を失わずに泳いでいるものらしい。生殖器官もないが、チョウノミ同士が出会うと、交尾するかのように絡み合うという。

6/3 063
 村に初めて自動車が乗り込んできた時のことは覚えとる。凶暴な獣が来たってんで、鍬や鋤を持ち出してぶちのめした。車からキザな男が出てきて儂らのことを散々田舎者だと罵り始めた。こいつぁ獣の腹の中で頭溶かして狂っちまったと見て、仕方なくぶち殺したもんだ。何台も。何人も。

※あゆゆま先生「きみみしか」からの影響が強い話。

6/4 064
 あれやりたい。名前ど忘れしたけど、最近よく聞く、かなり流行ってるやつ。結構前からあったみたいだから今さらって気もするけど。みんながやってるから自分も、っていうのは浅はかな考えだとは思うけど、やらない癖に否定するのはみっともないよね。思い出した、あれだ、セックス。

6/5 065
 古本屋の片隅に住んでいた頃、客の椅子代わりにされることがあった。床や本棚の上に座ろうものなら即座に注意する店主も、私の上に乗る客は放っていた。本の内容が背中から伝わってくるので、少しばかりの快楽も味わっていた。谷崎潤一郎や沼正三の著作が多かったのは偶然だろうか。

6/6 066
 花が減る。昨夜までプランター中満開だった葵の首が粗方折れていた。誰かがベランダに忍び込んで来るにしろ、ここは七階である。鳥の気配もしなかった。徹夜でプランターを見張っていると、残り僅かな葵が土から抜け出し、柵から身を乗り出し、花だけを遙か下の地面に落としていた。

6/7 067
 エクアドル(正式名称エクアドル共和国)は南米の一国。ガラパゴス諸島を領有する。宗教はカトリックが 90%、公用語はスペイン語。飼育時は共食いをしないよう、動物性蛋白質も与えること。無性生殖も行なうが、飼育箱にコロンビア、ペルーを入れておくと比較的旺盛に繁殖する。

6/8 068
 公開処刑の時間になっても群衆が広場に集まることはもうない。処刑執行人である自分と囚人以外広場には誰もいない。みんないなくなってしまった。みんなここで死んでいった。これで最後だ。この国で最後の死刑になるのだ。私はギロチン台に首を突っ込み、自らロープを断ち切った。

posted by 泥辺五郎 at 09:32| Comment(0) | TrackBack(0) | ツイッターノベル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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