2010年05月27日

ツイッターノベル5/19〜5/25

いつの間にか一週間経っていた。おかしいな。
一日一編にこだわりすぎると、「ツイッターノベル一編書いた、今日はもう終わり!」となりやすいので、一編にこだわらないことにした。と思ったら二編書いたの一日だけだった。たまにはガンダム短歌も書いたりした。


5/19
 昔々あるところに誰もいませんでした。そこには何もありませんでした。時間もなく感情もなく、ぼんやりとした空間があるだけでした。そのような状態が数十億年続き、神様は飽きてきました。神様は「まず物語あれ」と独りごちました。すると大爆発が起き、川と桃が生まれました。

5/20
 一日中雨でした、とメールが届く。こちらも雨で、と返すのも芸がないと思い、雨は二日降り続いたと返信した。対抗してか、実は三日三晩雨がやまなくて、と返ってくる。最終的には天地開闢以来雨が降り続いてることになってしまった。すると、本当に雨のやむ気配がなくなってきて。

 老齢にして筆を折った詩人にインタビューをしに行った。「なんだかねえ/何を言っても詩になるのが/嫌になっちまったんだ//こっちは普通に話し掛けてるのに/孫までが/朗読会の聴衆みたいに/神妙にしちまうんだ//おい/頼むよ/取材メモまで/行分けしないでくれないか」

5/21
 靴紐がおどけた。ハメを外して周囲の靴紐にちょっかいをかけるわ、ネクタイに成り代わろうとして首まで伸びてこようとするも届かないわ、踊り出すわ。居酒屋で靴に泡盛をこぼしたのがいけなかったらしい。固結びして大人しくさせようとしてもこちらの鼻を突いてくる。少し可愛い。

5/22
 僕がまだ尻の赤い猿だった頃、友人も恋人も猿で、キャッキャキャッキャと互いのノミを取ったり毛繕いや交尾をしたりして過ごしていた。いつからか尻は青くなり、少年になった僕は異性に声をかけることも出来なくなり、赤くも青くもない尻になった今ではいつも一人で過ごしている。

5/23
 また隕石に屋根を破られた。今年もう三度目だ。人に話を聞くと「子供の頃に一度あったきり」「うちはもう三代やられていない」など、隕石は落ちる相手を選ぶらしい。新人の明石さんなんて「うちなんて毎週落ちてきますよ」と笑顔で言う。結婚すると大変だろうな。ちくしょう好きだ。

5/24
 小学生の頃、通っていた算盤塾に小説教室が併設された。算盤の先生の娘さんが教えていて、彼女に釣られて週二回通った。堅苦しい授業はせず、半分は書き、半分は読む。それだけ。その頃僕が書いた話はどれも未完だったので、大人になった今、続きを書き続けている。まだ終わらない。

5/25
 隣人は全国指名手配中の殺人犯で、時々うちに醤油を借りに来る。「いい加減買いなよ」「でも意外と醤油って使わなくない? ポン酢やマヨネーズばかり」「寿司やお刺身には?」「魚駄目なんだ」「醤油の軽視は料理しないせいだね」「じゃうち来てよ」「通報するよ」「やーめーてー」



posted by 泥辺五郎 at 16:40| Comment(0) | TrackBack(0) | ツイッターノベル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月21日

ガンダム短歌


何かブログ的なことを書こうと思いつつ特に何も思いつかなかったのでガンダムを題材にした短歌を詠むことにした。


ジムを撃ちネモ討ちジェガンも撃墜すガンダムに遭えぬ英雄虚し

ファンネルを飛ばせし強化人間も異性誘うに口ごもりけり

「戦争を終わらせてくる」と言い残しア・バオア・クーへとボールで彼は

大破した百式今は金歯なり 大尉想いてせんべい囓る

琵琶湖にてアッガイ釣りを満喫す リリースせずにその場で囓る

夕陽追い三機のドムが駈けてゆく戦場にても青春はあり

「レウルーラ どうして君はレウルーラ」ラー・カイラムの嘆き宇宙(そら)鳴り

夏場所はダブルゼータが優勝す 決まり手八割ハイメガひねり

ミノフスキー粒子濃いよと聞いたからコロニー落としにうってつけの日

首だけのジオング蹴って歩いてた停戦決まった晴れた日の午後



別に宇宙世紀にこだわるつもりはなかったけど、やっぱり書きやすいんだと思う。
posted by 泥辺五郎 at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月18日

ツイッターノベル5/12〜5/18


100編越えたらお気に入りベスト10選ぼうかとか、似た系統の作品には「〜系」とか名付けて分けていこうか、などと考えながらも、考えるだけ。
ツイッターアカウント http://twitter.com/dorobe56u


5/12
 誰のために小説を書いているのか分からなくなる時がある。いつか尊敬する作家に読んで貰うため? 両親だとかあるいは自分、もしくはあなた。そのどれでもなくて。どれでもよくて。書く理由なんて最早見失ってるのに、名前を変えようが場所を変えようが結局小説を書き続けている。

5/13
 近所の図書館に新しく入った司書は盲目の老人で、名札には「アルバイト ぼるへす」と記してあった。似た風貌の同名の作家を知っているなあと思いながら「ネクロノミコンありますか」と尋ねると、「アルゼンチンの実家に一冊ありますが、この図書館には置いてないです」と謝られた。

※(作家平野啓一郎氏のツイートで、ミックジャガーが道ばたでボルヘスを見かけ「僕はあなたのファンです!」と言って駆け寄ったというエピソードを読んで。ちなみにボルヘスはピンクフロイドが好きだったとか)

 国境線を飛び越えて遊んでいた僕と妹を当時の両国の警備兵達は笑って眺めていた。密輸人達も軽い会釈をして通っていた。僕が憧れの国境警備兵となった今、両国はかつてない緊張感に包まれており、今日も越境者を射殺した。それは妹ではなかった。妹を撃ったのは先月のことだから。

5/14
 昔飼っていた猫との間に出来た子供を猫息子と名付けて人のように猫のように扱いながら暮らしている。どちらかというと猫だ。夜中に徘徊し、熱いものは苦手で、マタタビに弱い。他の人の話を聞くと口を揃えて「成人する頃には立派な人間になるよ」と言うのだが、それはそれで寂しい。

5/15
 五月といえば鯉乗りの季節だった。飼い慣らした鯉の群れの上に我が子を乗せ、どこまで水面を滑って行けるかという行事。別名「子祈り」とも呼ばれた。人を乗せられる鯉がいなくなったこと、大半の子供は溺れてしまうことなどを理由に廃れた。僕の記録は三十センチだったそうだ。

5/16
 橋の上を通る人や車や猫の音を聞きながら眠るでもなく起きるでもなく生きるでもなく過ごしていると芋虫が顔の上を這った。葉を摘んできたりして一緒に暮らした。やがて蛹になり、孵化して蝶となり橋の上へと飛び去って見えなくなった。足音と違って、蝶の羽音は聞こえてこない。

5/17
 僕がまだヘビーメタルヒッピーズだった頃、ギターは速弾き、ボーカルはハイトーン、ドラムはツーバスが大事だと盲信していた。今なら「ベースは物語を紡げる人」「キーボードはギタリストの我儘を受け入れられる人」など追加出来る。でも今の僕の髪は短く、ギターの弦も錆びていて。

※(ロニー・ジェイムス・ディオの訃報を聞いた日に)

5/18
 湯舟に海水を張り、稚魚を放してやると、彼らは小さな海に見合った大きさの成魚となる。そうして出来た海の底にはいつの間にか深海魚が住み着いており、海底文明まで誕生している。おもちゃの岩場の上で寝そべる半裸の人魚を見ながらにやける僕は、もう三年も湯舟に浸かっていない。
posted by 泥辺五郎 at 18:40| Comment(0) | TrackBack(0) | ツイッターノベル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。